4th
(via bummy)
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nigger という言葉を聞くことは,何かしらアフリカ系アメリカ人に対する軽蔑の考えや,それを口にすることでそれを認めていると人と共謀するという考えを試すことになるのだ.同じことは他のタブー語にも当てはまる. 単にモラルに反することを聞くだけでは済まないのだ.それはモラルを堕落させるように感じ,単に考えると不愉快なだけでなく考えるべきでないと感じるのだ.そしてそれこそがタブーだ.
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うまく使えば冒涜語は陽気で,痛烈で,気味悪いほどの描写力がある.ほかのどんな言語の形より,それは統語法の組み合わせパワー,メタファーの喚起力,頭韻,韻律,脚韻の楽しさ,そして考えられるもの,考えられないものに対する私達の態度の感情的なチャージなどによる私達の表現能力を最大にしてくれる.
それは,左右,前後,新古の脳のすべてを最大限まで拡張してくれる.
シェイクスピアはテンペストにおいて半獣のカリバンに人間についてこう言わせている.「おまえは俺に言葉を教えてくれた,そして俺が得たものは,ののしることができるようになったということだ」
さらにピンカーは肩書きインフレについてもちくりと皮肉っている.
面白いことに,人々は実際にはよい肩書きで呼ばれることは減っているにもかかわらず,公式には良い肩書きを許されている.今日ほとんどすべての大学の職は「学部長 dean」がついているし,会社では管理職は「副社長 Vice president」だ.この肩書きインフレはトップでもっとも先鋭だ.彼等はかつてより良い肩書きを何とかつけようと必死だ.
エチオピア皇帝だったハイレ・セラシエは「王の王,神に選ばれしもの,ユダのライオンの征服者」と名乗っていた.スペインのカルロス王は「アテネ公」「Sovereign Grand Master of the Golden Fleece」を含む38の肩書きを持っていた.北朝鮮の金正日にいたっては「我が惑星の守護者」「21世紀の指導原理」のほか自分用に千個以上の肩書きを考案している.
いまや「バイプレ」は上級ヒラだと言うことが知れ渡ってしまった.いずれ「マネージングディレクター」も同じ運命をたどるのだろうか?
日本の普通の会社では肩書きのインフレはあまり見られないように思う.むしろ「チームリーダー」とか「チーフ何とか」というよくわからない肩書きが増えている印象だ.このあたりの文化の違いはちょっと面白い.